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第三章 遠吠えは闇に木霊する
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 数あるバリの芸能の中でも一際有名なケチャは、その名前がヤモリ (Cecak) の鳴き声に由来すると説明されるのが一般的だ。実際のところチャッ、チャッと鳴くヤモリは、バリやジャワにおいて幸運をもたらす生き物として広く信じられてきた。そのヤモリの霊妙なる力にあやかって、その鳴き声に似せた詠唱を作り出すことで、村やそこに住む人々に幸運がもたらされる事を願ったのがケチャの始まりだったのかもしれない。
 ケチャの名前について変わったところではマハーバーラタに登場するウィロト国の大臣キチャカに由来するというものがある。国王から寵愛され、その信頼暑く、国民からも熱烈な支持を得ていた大臣キチャカは、戦地で勝利を収めて帰国をする度に国中から大変な歓迎を受ける。凱旋中、口々に連呼される彼の名前キチャカ、キチャカ、キチャカ。やがてそれはチャッ、チャッ、チャッと唱和になって…。大叙事詩の後ろ盾があればこそのロマンである。
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 先日6月13日付の朝日新聞に掲載された「インドネシア中間層台頭」という見出しの記事を読んだ。金融危機以来、多くの先進国がマイナス成長に陥ったなか、インドネシアは中国・インドに次ぐ経済成長率で、増えつつある中間層をターゲットにした自動車やパソコンなどの売り上げがここ数年で急増しているという。首都圏人口1100万人とも言われ、都市規模において日本の首都東京と比べても肩を並べる東南アジア切っての大都市ジャカルタでは、確かに都市型の物質的な豊かさを享受できる社会階層が年々拡大している。記事に登場するアナスさんもその一人で、ジャカルタの地元銀行で働き、月給19万円で郊外にマイホームを持ち、ローンで車を購入するなど、台頭する中間層の一例として挙げられている。しかし、ジョグジャカルタなどの地方都市の例を持ち出すまでもなく、物価の高い首都ジャカルタにおいてすら一般的な労働者の月給は5万円から10万円がせいぜいで、例えば現地採用の外国人労働者であっても、採用時点でマネージャーなどの何かしらの役職を与えられてはいても月給は12万円ぐらいであることを思えば、19万円もの収入を得ている人々は社会の中で一握りと言ってもよい。またそんな彼らを中間層と位置づけて良いものかどうかも甚だ疑問である。中間層の代表として名前が挙がるアナスさんの半分、あるいは4分の1の収入しか得ていない人々にとって、マイホーム、マイカー、パソコンや液晶テレビは、相変わらず高嶺の花であるに違いないし、けれどもそんな彼らこそが台頭する中間層をなしていくという事実がある。物質的な豊かさに気軽に手が届くわけではないが、さりとてそれを夢見ることも許されないほど生活に貧窮していない社会階層が今のインドネシアにおける中間層ではないだろうか。政府が発表する国内総生産の伸び率や高い経済成長率には圧倒的多数の人々の生活が反映されていないし、自動車の生産台数やパソコンの販売台数などの数字だけを追っていては今もなお広がり続ける格差社会インドネシアの実情を知ることはできないのではなかろうか。物質的な豊かさを当然のように享受できる富裕層と日々の生活にも窮するような貧困層のちょうど中間、努力や勤勉さで社会的なステータスを変えていける本当の意味での中間層の台頭には今しばらくの時間が必要である。
 毎年6月を迎える頃には「今年は例年に比べて乾季の入りが遅かった」と、抜けるような青空を見上げながら人々は口を揃えるのだが、今年の雨は一向にやむ事を知らない。地球規模で進む温暖化やフェーン現象の影響で乾季の入りが不規則になったと叫ばれるようになって久しいが、その実、5月を終える頃には必ずと言って良いほど清々しい晴天が湿度の低い軽やかな風を伴ってやってくるのが常である。それなのに今年は7月に入って幾日も過ぎようというのに、普段であれば乾いて地面がむき出しの田圃にはうっすらと水が張り、そこからは盛大な蛙の合唱すら聞こえてくる。気象庁によれば、ここしばらくは大雨や暴風雨、霰や雹への警戒が必要だそうで、しかも乾季を迎えていない今の内から雨季の前倒しさえ告げられている。あらゆるものが色濃く、鮮やかに、くっきりとして目に映る乾季の空気を待ち侘びながら、今日もまた暗雲の下、いつもより早く点いた街灯は、強い横風に揺れるバナナの木より少しだけ振り幅狭く右左し、大粒の雨は乾く間も与えず再び大地を濡らしている。
 太宰治の「富嶽百景」の中でも指摘されるように、実際の富士の姿というものは「鈍角も鈍角、のろくさと拡がり」、決して北斎や広重が描くような「秀抜の、すらと高い山」ではない。その点、中部ジャワにそびえるムラピ山こそは、かの浮世絵に現れる富士の姿そのものであって、太宰風に言うならば、「なだらかにひろがつてゐる裾の割にその峰急峻で、雲付くやうに尖つたいただきは、見る者の素朴な、純粋の、うつろな心へも訴へ得る」のである。そう思えば、富士のことを駿河ムラピだとか、甲州ムラピだと呼ぶのならまだ話は分かろうものを、ムラピをジャワ富士などと言うのは甚だ手前味噌な話ではなかろうか。
 久しぶりに帰宅した実家では父がいつものように座椅子に腰掛け、テレビの前で根を生やしている。かつて学生であった私たち兄弟を差し置いて誰よりも勉強熱心であった彼も、今では本を手にすることはほとんどなく、日がな一日半径50センチほどのその小さな空間に吹き溜る。長年の勤めから解放された彼に許されたその時間を無碍に否定する気はないが、その姿に一抹の侘しさを感じるのもまた事実である。それは老いることで薄れいく好奇心や向学心への恐れからなのか、それともいつの日か老いた自分の姿を、にじみ出る寂しさや孤独感をそこに重ね見るからであろうか。
優しく育てられた日々も束の間
すべては屠られるため 人の罪を背負うため
山羊に生まれた自分を連れて 歩く背中は何も語らず

それが生きるということか

緩めた手綱を振り切って 背中に瘤ある牛が逃げる
人の言いなりになる日もこれで 最後となることを願わんばかりに

それが生きるということか

生まれた子猫をそろってみんな 人の気ままが奪い去る
乳をやることもじゃれつく姿を疎ましく思うことも
今となってはもうできぬ

それが生きるということか

自立のできぬ唐辛子の茎が 支えを失って倒れていく
花をつけることもままならぬまま
大地に小さな弧を描きながら

それが生きるということか

痩せた実の落花生が束になって運ばれていく
どこへ行くとも分からなぬままに
大地の匂いを漂わせながら

これが生きるということか
 断食はイスラム教徒によって実践されるべき五行のうちの一つで、ラマダン(イスラム暦第9月)の30日間、イスラム教徒は日の出から日没まで一切の飲食を断つ。聖なる月とみなされるこの一ヶ月、人々は断食を行いながらも普段どおりの活動を怠ることなく続け、その中で行動を慎み、心穏やかに過ごして心身を清めるものとされる。これが社会の中で実現されれば素晴らしい話に違いないが、残念ながら現実にはそう上手くはいかない。この間の急激な生活リズムの変化からくる睡眠不足と空腹感、それに伴うストレスや倦怠感はいつにも増して自分本位に行動する人々を社会に氾濫させ、日常生活にいらぬ諍いを生み出し、また社会活動全般を停滞させる原因となっている。それでも大きな問題とならないのは断食に特別な地位が賦与され、それさえしていれば許される/あとは二の次と言った甘い考え方がイスラム教徒が大半を占める社会の中でまかり通っているからに他ならない。ここではイスラムを実践するための手段としての断食が形骸化し、それ自体が目的化してしまっている。方々で頻りに叫ばれる断食の貫徹もこれでは意味を持たず、空しく響くだけである。日没を知らせるサイレンだけを心待ちに日中をやり過ごす人々や、ただ断食を無事に終えることだけに終始している人々は今一度断食の意味を思い出し、残り少ないラマダンを有意義に過ごさねばならないだろう。
 ガヨ・マウンテン、トラジャ・カロシ、スマトラ・マンデリン、ジャワ・アラビカなどのコーヒー豆で知られるインドネシアには一風変わった精製方法によるコーヒー豆が存在する。一般的に農場で収穫されたコーヒーの果実は乾燥式/水洗式の精製によって果実から種子(コーヒー豆)を取り出して焙煎前の生豆の状態にするが、コピ・ルワッ (Kopi Luwak) と呼ばれるコーヒー豆の場合、その名が示すようにジャコウネコ (Luwak) がその精製に一肌脱ぐ。ジャコウネコは良質なコーヒーの果実を見極めることができると言われ、収穫前の果実の中でも選りすぐりのものを食べては、胃の中で消化できない種子を糞として排泄する。農場に点々とするこの糞を拾い集め、そこから取り出した種子だけを焙煎して作られるのがコピ・ルワッで、何でもジャコウネコのお腹の中での熟成が他にはない強いコーヒーのアロマと特別な風味をこの豆に与えるのだとか。コーヒー好きとして一度は試してみたいものだが、一杯で数千円、世界最高級とも言われれば、そのほろ苦さばかりを飲む前から感じてしまう。
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