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第三章 遠吠えは闇に木霊する
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 先日6月13日付の朝日新聞に掲載された「インドネシア中間層台頭」という見出しの記事を読んだ。金融危機以来、多くの先進国がマイナス成長に陥ったなか、インドネシアは中国・インドに次ぐ経済成長率で、増えつつある中間層をターゲットにした自動車やパソコンなどの売り上げがここ数年で急増しているという。首都圏人口1100万人とも言われ、都市規模において日本の首都東京と比べても肩を並べる東南アジア切っての大都市ジャカルタでは、確かに都市型の物質的な豊かさを享受できる社会階層が年々拡大している。記事に登場するアナスさんもその一人で、ジャカルタの地元銀行で働き、月給19万円で郊外にマイホームを持ち、ローンで車を購入するなど、台頭する中間層の一例として挙げられている。しかし、ジョグジャカルタなどの地方都市の例を持ち出すまでもなく、物価の高い首都ジャカルタにおいてすら一般的な労働者の月給は5万円から10万円がせいぜいで、例えば現地採用の外国人労働者であっても、採用時点でマネージャーなどの何かしらの役職を与えられてはいても月給は12万円ぐらいであることを思えば、19万円もの収入を得ている人々は社会の中で一握りと言ってもよい。またそんな彼らを中間層と位置づけて良いものかどうかも甚だ疑問である。中間層の代表として名前が挙がるアナスさんの半分、あるいは4分の1の収入しか得ていない人々にとって、マイホーム、マイカー、パソコンや液晶テレビは、相変わらず高嶺の花であるに違いないし、けれどもそんな彼らこそが台頭する中間層をなしていくという事実がある。物質的な豊かさに気軽に手が届くわけではないが、さりとてそれを夢見ることも許されないほど生活に貧窮していない社会階層が今のインドネシアにおける中間層ではないだろうか。政府が発表する国内総生産の伸び率や高い経済成長率には圧倒的多数の人々の生活が反映されていないし、自動車の生産台数やパソコンの販売台数などの数字だけを追っていては今もなお広がり続ける格差社会インドネシアの実情を知ることはできないのではなかろうか。物質的な豊かさを当然のように享受できる富裕層と日々の生活にも窮するような貧困層のちょうど中間、努力や勤勉さで社会的なステータスを変えていける本当の意味での中間層の台頭には今しばらくの時間が必要である。
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