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第三章 遠吠えは闇に木霊する
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 冷ややかな空気が低く身を纏う。蒼い闇はうっすらと白みを帯び、静寂の支配は終わりを告げる。遠くで往来の響きが聞こえてくれば、時は再び人の手へと委ねられる。裏の木立からは山鳩の声がゆるやかにくぐもり、シャラシャラと流れる水の音は、夜の内こそ空恐ろしくも聞こえるが、徐々に色彩を取り戻す世界の中で元の小川のせせらぎへと姿を変えていく。砂利の上を行く幾つかの足音とそれに続くやしろの鈴の音はどこか控え目で澄んでいる。心地よい余韻だけを置き去りにして、あたりはもう一度静けさに包まれる。
 アジの干物であろうか、次の目覚めは芳ばしい匂いと共に、焼き網を焦がしてジュウジュウと滴る油が狭い台所を白く煙らせる。仏前でお祈りを済ませると、大方整った朝食仕度に今更ながら加わる。立ったり座ったりが辛い祖母の事だから、代わりに卓袱台に茶碗を運んで食膳に着く。年を追うごとに小さくなっていく祖母の姿から目をそらすように、湯呑み茶碗に視線を落とす。そこには茶柱だらけの渋くて熱いお茶が注がれている。それを一口すすってから、ここでの食卓に欠かすことのない甘すぎる厚焼卵を口へと運ぶ。はじめこそ干物や漬物の持つ塩気とのバランスを考えた上での味付けかとも思ったが、実は単なる好みの問題であるらしい。祖母によればこの甘すぎる厚焼卵こそが長生きの秘訣らしく、そうと知ってしまうと味付けにとやかく口を出すわけにはいかない。茶請けのように甘すぎる厚焼卵を一切れまた一切れと口に入れるたびに、ちょうど飲み頃になったお茶へと自然に手が伸びる。向かいに座る祖母の顔はすっかり皺くちゃで、けれども、そうあることがとても誇らしげに見えて、どこまでも優しく美しかった。からになった湯呑み茶碗には渋くて熱いお茶が注ぎ足され、ついつい甘すぎる厚焼卵へと再び箸が向かう。
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